ピートと暮らしていると、日々様々な思いを巡らす事がある。例えば、犬に対する考え方や西洋文化についてのそれである。今回は、ラブラドールという犬種の起源について、色々と考えてみることにした。
前々回、狼からイエイヌへの分岐が、ミトコンドリアDNAのゲノム解析から1万5千年前であると解った。ミトコンドリアDNAは、母親から子に受継がれていくもので、従って、このDNAのアミノ酸の塩基配列を解析して行けば、自ずと系統樹の先端へ辿り着く。更に、ゆっくりとした突然変異を繰返す塩基置換速度をこれに当てはめれば、分岐年代が1万5千年前という結果が得られるという寸法である。
この測定法は、炭素14の年代測定を分子生物学上の数学的な分子時計に置き換えたと考えれば、何となく理解できるというもの。人類共通の祖先である20万年前のミトコンドリア・イブは、この方法で初めて辿り着けた理論的祖先の女性である。ま、難しいことは研究者に任せて、ラブラドールの話に戻るとしよう。
ラブラドールという犬種は、凡そ150~200年前に、ニューファンドランド犬とウォータードッグとを交配させ、セント・ジョンズ・レトリーバーという新しい犬種を作り出し、それをイギリスで改良したものであるとされている。セント・ジョンズ・レトリーバーとニューファンドランド犬は、学術上カナダ産と看做されているが、領土帰属論争の紆余曲折を経た結果であると聞く。
この両犬種の性格は穏やかで、子供にも優しく接しられたが、体重は54~77kgに達する大型犬であった。寒さに強く、ウォータードッグとしての水かきを有しているのも、共通の特徴である。レトリーブ能力の高さも相まって、まさに寒冷地の水辺で作業をさすのには打って付けの犬種であった。
ニューファンドランド犬は、固体によっては心臓病や股関節形成不全が散見されるという。また、成長スピードが非常に早いという特徴を持つ。現代のラブラドールに股関節形成不全がみられるのも、この犬種の遺伝子を受継いでいるからであろう。この疾患は、成長スピードと遺伝子の相互関係ではないかと疑っているが、この分野における獣医学の研究成果を早く出して欲しいものである。尚、ニューファンドランド犬は、千年以上前からの人工的な交配種で、作業犬や海難救助犬として活躍していた。ウォータードッグについても、似たような経緯を歩んで来たものと思われる。
ラブラドールという犬種は、ウォータードッグ×ニューファンドランド犬→セント・ジョンズ・レトリーバー→ラブラドールという人工的な交配系統を辿ってきた。このように、人間の都合のみで能力を高められた犬種は、しばしば遺伝的疾患を伴うようである。このような犬種の多くは、遺伝子レベルによる自然的進化の枠外に存在していると、私は思っている。
潜在的遺伝子疾患は、改良というスピード進化の過程で、並行して変化すべき分子レベルの何かが欠落したというか、突出した能力をサポートするDNAゲノムの変異数が不足したのかも知れない。塩基配列の置換速度が一様ではなく、部分的且つ人工的に変化したとの考え方である。故に、改良された特定犬種の遺伝子的疾患は、自然選択によって不利な変異は排除されるという進化論の大原則を、人間によって無視された結果であると考えている。
自然界で、アミノ酸の塩基配列の突然変異がゆっくりと進むのも、このような偏りを避けてのことだろう。ピートが我家へ来て以来、これが進化の中立性の意味ではなかろうかと、常々考えるようになったのである。
ピートは今のところ元気だが、ラブラドール共通の遺伝子を受継いでいることは否定できない。今や、遺伝子レベルでその犬種特有の疾患を見つけることは困難ではない。原因が特定できれば、遺伝子操作で発症を無くすことも可能と思われる。これは、獣医学ではなく、分子生物学の分野かも知れないが、今後の研究成果に期待したい。
(ニューファンドランド犬、セント・ジョンズ・レトリーバーの写真は、wikipediaより)
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